世界文化遺産 (荒船風穴)
4.荒船風穴
製糸業の発展に伴って繭の増産が求められた。
増産の為には蚕種の孵る時期を春だけでは無く遅らせて夏や秋にも養蚕する必要が出て来た。
蚕種は25度C~30度Cで二週間ほどで孵ってしまう。当時冷蔵庫などがなかったので風穴の冷暗部で保管していた。


ここの風穴は荒船山の麓850mの所にある。今でも民家がある。
山の斜面を利用して石を積み上げ地下二階、地上一階の三層に屋根をつけたもの。


夏でも内部には氷があり風穴から出て来る風は2度Cと冷えている。
この日も外気が19.7度Cだったが内部は2.3度Cだった。この風穴の前に建つと冷気を感ずる。
蚕蛾の産卵は基本的には年一回(今では改良種で2~3回もあり)。一匹の産卵が~600粒、これを一枚の産卵紙の上に15匹のメスに~10,000粒の卵を産ませる。
ここの風穴はこの紙を110万枚保管することが出来たと言う大きな風穴であった。
この風穴が推薦資産加えられた理由は優良品種の開発・普及の他、養蚕業を一年に複数回出来るようになった量産への寄与が大きい。
ここに行く道は随分遠く254号線の内山峠を越える手前から神津牧場経由で駐車場まで行き急坂歩いて更に30分掛かった。
道中山野草を見ながらユックリ歩いた。ウツギ、ホタルブクロ


初めて見たウリノキ
マタタビ、ヤマブキショウマ


アキノキリンソウなど・・・
今回富岡製糸場と絹産業遺産群の四箇所を見て回ったが明治初期に高品質の生糸の大量生産を実現した技術革新と技術の国際交流により世界の絹産業の発展と絹の大衆化に貢献した明治人の気骨をまざまざと見せて貰い改めて日本の発展過程を認識した。(Wikipediaと現地ガイドの話による)
製糸業の発展に伴って繭の増産が求められた。
増産の為には蚕種の孵る時期を春だけでは無く遅らせて夏や秋にも養蚕する必要が出て来た。
蚕種は25度C~30度Cで二週間ほどで孵ってしまう。当時冷蔵庫などがなかったので風穴の冷暗部で保管していた。
ここの風穴は荒船山の麓850mの所にある。今でも民家がある。
山の斜面を利用して石を積み上げ地下二階、地上一階の三層に屋根をつけたもの。
夏でも内部には氷があり風穴から出て来る風は2度Cと冷えている。
この日も外気が19.7度Cだったが内部は2.3度Cだった。この風穴の前に建つと冷気を感ずる。
蚕蛾の産卵は基本的には年一回(今では改良種で2~3回もあり)。一匹の産卵が~600粒、これを一枚の産卵紙の上に15匹のメスに~10,000粒の卵を産ませる。
ここの風穴はこの紙を110万枚保管することが出来たと言う大きな風穴であった。
この風穴が推薦資産加えられた理由は優良品種の開発・普及の他、養蚕業を一年に複数回出来るようになった量産への寄与が大きい。
ここに行く道は随分遠く254号線の内山峠を越える手前から神津牧場経由で駐車場まで行き急坂歩いて更に30分掛かった。
道中山野草を見ながらユックリ歩いた。ウツギ、ホタルブクロ


初めて見たウリノキ
マタタビ、ヤマブキショウマ


アキノキリンソウなど・・・
今回富岡製糸場と絹産業遺産群の四箇所を見て回ったが明治初期に高品質の生糸の大量生産を実現した技術革新と技術の国際交流により世界の絹産業の発展と絹の大衆化に貢献した明治人の気骨をまざまざと見せて貰い改めて日本の発展過程を認識した。(Wikipediaと現地ガイドの話による)


この記事へのコメント
まさに自然の冷蔵庫なんですねー。
すごいもの作るな~。
歩いていかれてお疲れ様でした。
途中でいろいろなお花ともめぐり合えてよかったですね!
自然の状態では養蚕は春から夏にかけての1シーズンのみです。通年飼育は養蚕農家の長い間の夢でした。それを可能にしたのが蚕種の冷蔵保存です。風穴の利用を考えたのは高山社養蚕学校の卒業生の庭屋千壽です。明治37年のことでした。
この技術の確立で「夏蚕」「晩秋蚕」など通年養蚕が可能になり生糸の大量生産が可能になりました。荒船風穴は全国から蚕種保存を委託されたのです。
こんにちは!
自然の冷蔵庫は凄いですね。雪国に住んでいた時、寒過ぎて凍結するのを防ぐために雪の中に物を保存する「雪蔵庫」を使っていました。
一階の窓を開けると雪の壁があってそこに穴を掘って雪蔵を作ります。
こんにちは!
年一回の養蚕を複数回にして生糸の生産量をアップさせた一番の功績が風穴だったのですね。熊の出そうな奥山で群馬のマチュピチと言ったところです。
逸ノ城の快進撃、このまま続いてほしいですね。来場所、幕内間違いなしです。遠藤との取り組みも意外に早く見られるかもしれませんね。十両の取り組みからテレビ観戦です。
こんにちは!
この二つの花少し違いますが良く似ていますよね。
私も茜雲さんのインタビューのあとから湊部屋に余計に魅力を感じてきてファンになりそうです。今場所の優勝と来場所に入幕に期待です。
しているのですね?荒船と聞くと大昔上越新幹線に熊谷駅を無理やり
作らせた政治家がいたことを思い出します。(^0^) 案の定新幹線の
熊谷駅は閑散としています。ウリの木?初めてです。この白い花が
ウリの実に生るのですか?食べられますか?(^_^)
こんにちは!
埼玉県も群馬県も昔は一つ「熊谷県」です。
だから熊谷に新幹線停めても良いのでは(笑)。今は閑散としていますか?荒船清十郎の銅像を建てて温泉でも掘ってフラワーパークでも作りましょう。ウリの木初めてみたのでどんな実がなるのでしょう。今朝起きてみたらレンゲショウマが咲いていました。
こんにちは!
日本全国に風穴は沢山存在しているようですがここの荒船風穴が一番大きいようです。各地から卵を預かって保存したようです。私もこの機会に良く勉強しました。
子供の頃蚕を飼って繭にし蛾が出てきて卵を産ませるところまでやった事が有るのですが保存はやっていません。
世界遺産を裏付ける
日本の伝統技術と革新技術
今の日本人も
受け継いでいるはずだよね
ここも養蚕に欠かせない大事な場所だったのですね~。
いろいろ勉強になりました。
ありがとうございます^^
シジュウカラのブログ記事に応援の気持ち玉を
7個も頂き^^有り難うございました
今晩は!
明治の気骨は現代人にも受け継がれているはずです。
日本は何処か隣の国と違って沈没などしませんよ。
新しい革新技術から新しい日本の創性が始まります。
今晩は!
冷蔵庫の無い時代、冷蔵庫代わりの風穴、お見事ですね!
シジュウからの巣立ち、あまりにも可愛かったので知らぬ間に7個もクリックしていました。
私の実家の祖母も昔、蚕を飼っていたそうで、それが普通の人は失敗することあるけど、自分は一度も失敗しなかったというのが祖母の自慢でした。
世界遺産と日本の歴史で重要な養蚕の勉強ができました。
すばらしいレポートですね。
養蚕業に貢献したのですね。
風穴時々ありますが、産業に貢献したとは素晴らしいですね。
他の場所の風穴の事を先日テレビで見ました。
そんな使い方もあるのだと初めて知ったのですが ここも同じ使い方をしているのですね。
群馬の田舎に行くと 先日載せていたような農家が多いですよね。懐かしかったです。母の実家も全く同じ造りでした。 お蚕さんを飼ってました。私が子供の頃は 近所は養蚕農家ばかりでしたよ。そして その生糸で伊勢崎・桐生は絹織物産業が盛んだったのですよね~
お早うございます!
今秋、友人が大挙して世界文化遺産見に来るので案内をせねばなりません。私も事前勉強で4箇所まわりました。
群馬の養蚕のみならず日本の養蚕に対する取り組みが良く分かりました。
お早うございます!
風穴、野菜保存用に昔から使われていたようですが蚕の卵の保存は初めて知りました。
雪国では雪の中に凍結防止で野菜を保存する方法もあり色々面白い事を考えますよね。
お早うございます!
桐生、伊勢崎は昔から機織りが盛ん、今でも絹製品は良いものがあります。桐生製の絹のマフラー貰ったのですが軽くて良い色で暖かで重宝しています。
私の住んでいる地域でも古い農家は皆このような家の作りです。
現地に行かなくとも十分な知識を得ることができました。
ブームが一段落してから出かけます。
こんにちは!
ここは春の桜か秋の紅葉時期が良いですよ。近くに小幡郷があって昔の雰囲気をそのまま味あう事が出来ます。
こんにちは!
群馬の暑さはこのところ異常に暑いです。昔はこんなにも暑くは無かったのでしょうが・・・
風穴のあるところにいると涼しくて住んでいる人の気持ちよさそうな雰囲気が伝わってきます。
もっとも冬は大変なんでしょう。